天青石の欠片

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満月夜

2007.04.04 短編
あの日も綺麗な満月の夜だった。 暗い森の奥の奥、滅多に人の寄りつかない小さな泉に珍しく人影があった。
真白な服を着た痩躯の青年シンは、そこに佇んでいるのが場違いとでも言うように夜の森の中で一際青白く浮かび上がり、けれど今にも闇に溶け込んでしまいそうな雰囲気を纏い空を見上げて小さく息を零した。
あれから随分経ったけれど、月は変わらず空を巡っている。何とはなしにそんな言葉が頭の中を過る。
あの日一人の神が死に、数多の魔族が狂い数多の天族が堕天した。天の王は深い眠りから覚めず、均衡が崩れ魔の王は徐々に自我を失っていく。
大勢の同胞達と共に魔界へ堕ち月を司る魔の神に選ばれ世界を支える“柱”の一人となったことで“柱”が全て揃っても世界は崩壊への道を辿っている。
皮肉なものだ。口元が嘲笑に歪む。
柱があっても要がなければ世界の崩壊は止められない。ならば何の為の柱だと言うのか。大切な人と別れ、体が徐々に毒に蝕まれる苦しみと恐怖に耐え、いつ解放されるかわからない望まぬ役目を背負い、そうまでして生きなければならない理由は。
……あいつはまだ元気にしているだろうか。故郷に残した友を思い目を閉じる。兄弟のように育ち何をするにも一緒だった大切な友人。ころころとよく変わる表情を、今も鮮明に思い出せる。
「クロエ」
無意識に零れた友の名に呼応するかのように速いリズムで草を踏む音がこちらに近付いてくる。閉じていた目蓋を緩く開いてそちらに視線を向け、万一の時に備える。
「シン!」
唐突に懐かしい声で名前を呼ばれて心臓が跳ねる。草を掻き分けて闇の中から息を切らし現れたのは。
「…………クロエ……」
濃い金の髪、若葉色の瞳。いつも隣にあった色彩。
互いに見合っていたのはほんの数秒だったが、その数秒がとても長く感じられた。いてもたってもいられなくなったのかクロエが確かめるようにゆっくり歩を進め、そのまま小走りになり、速度を緩める事無く勢い良くシンに飛びついた。
「……天族はもう眠っている時間だろう?悪い子だね、クロエ」
相変わらずな友人に気付かれないよう微笑い、耳元に囁く。しばしの間強く抱き締められ、ようやく腕の力が緩みクロエの顔を間近で見る。記憶の中の彼と変わらない、懐かしい人。泣きそうなのを堪えて笑顔を作っているのは明らかで、思わず苦笑が漏れる。
「……痩せたな、シン。ちゃんと食ってるのか?」
「いいや。食欲湧かないんだ」
クロエの大きく暖かい手がシンの白い頬を撫でる。久しぶりの感触にくすぐったくなりクロエの手に己の手を重ねる。
「どうしてここに?」
「何となく、シンがいるような気がしたんだ。俺の勘の的中率はお前が一番よく知ってるだろ?」
天界にいた頃は色々な場面で彼の勘に幾度となく世話になったことを思い出す。零れそうな涙を拭ってやれば、クロエも照れたようにはにかんだ。
「お前、魔の神の一人になったんだって?本当はもうこうやって俺が触れていい相手じゃないんだな」
「そうだよ。仕方ないからクロエは特別に許してあげる」
冗談混じりに言えば、調子に乗るなと軽い頭突きを喰らう。昔は容赦ない頭突きを喰らわされたが彼なりに気を遣ってくれたのだろう。少しジンと頭に響いたがその痛みすら懐かしくてそのまま額をくっつけてくつくつと笑いあう。
懐かしい天界の匂い。今はもう体を蝕む毒のひとつ。
「天王様は未だお目覚めにならないが、天界もあの日からずいぶん持ちなおした。血の匂いも邪気もとれてお前の好きだったソレイユの樹が実をつけ始めたよ。メルエムもイアサもタフィゼ・カテも回復して、お前がいなくてつまらないっていつも零してる」
「よかった。……皆、何も支障は出ていない?」
「ああ。お前が邪気を吸い取ってくれたから。傷が浅かったのも幸いしたと治療使が言っていた」
密かに央界へ降り立った天王が魔族の大群に討たれ、天王を救うべく天族は魔族と戦った。魔族に負わされた傷口から入り込んだ邪気は体を蝕み純白の翼をどす黒く変色させ、天の御使いの証を奪い多くの天族を零落させた。
シンもクロエも友人達も戦いに加わり傷を負った。一番深く傷を負ったシンはもう助からないと治療使に告げられ、友人達を蝕む邪気を全て己の中へ取り込み友人達が目覚めるのを待たず一人魔界へと墜ちた。
「ここで俺たちは戦って、そして運命は変わってしまった」
クロエはシンの痩せ細った肩に頭を預け腕に力を込める。もう少し力を込めればこのか細い体は簡単に折れてしまうんじゃないかとそんなことを考える。
「もう昔みたいには戻れないのか?……お前と俺と皆と過ごしたあの頃みたいに」
共に天界を駆け回り、勉学に勤しみ、些細な悪戯を共謀し、他愛のないことで笑い、喧嘩し、涙を流せば傍に寄り添う、そんな日々を。
「……無理だよ。もう私は天の一族ではない。天界へは戻れない。天界の空気は毒なんだ、今の私には」
クロエの体が一瞬強ばる。
わかっていた答えだ。でも、もしかしたらと淡い期待を抱いていた。親友の口から僅かな希望が紡がれるのを。
「……それなら。それなら、俺が魔界に行く。そうすれば……」
「駄目だよ。魔界に来ても無駄に命を縮めるだけだ。来てはならない」
「っ何故だ!お前はそれでいいのか!?お前は、俺がいなくても……っ!」
シンの強い口調にクロエは肩を掴み声を荒げて反抗する。親友に同じ道を踏ませまいとするシンの瞳の色は、クロエには拒絶の色として映った。
「クロエ。クロエ聞いて。私はお前が大切。一番大切。だからこちら側に来てほしくないんだ」
感情の高ぶっているクロエの頬を、ひやりとした手が包み込む。その手の冷たさにびくりと体が反応する。この人の手はこんなにも冷たかったろうか。
「メルエムたちの邪気を取り込んだのだって……お前の、お前の隣から、私がいなくなっても大丈夫なようにと思ったんだ。ひどい奴だろう?命を救うことよりもお前を優先したんだ、私は」
ゆっくりと一言一言言い聞かせるように言葉を紡げば、肩を掴んでいる手の力は徐々に緩み始める。
「……私は、お前に生きていてほしい。お前がこの世界で生きていることだけが、私の存在する理由なんだ」
いつ朽ちるかわからない、いつ朽ちたって構わないこのつらい苦しみに耐えてでも、お前がこの世に生きているのなら。
「……遠く離れていてもお前が生きているのなら、お前の生きるこの世界を、守りたいと思えるんだよ」
やんわり微笑めば、クロエは言葉を失くし俯いた。肩を掴む腕から小さく震えているのが伝わってきてそっと首に腕を回した。
「私は生きる。だからお前も生きて。辛いなら私のことは忘れてくれて構わないから」
肩を離れた腕は背に回り、シンをきつく抱き締める。嗚咽が聞こえてじわりと肩が濡れる感触。しばらくの間そうして木々のざわめきと友人から漏れる声にならない音を聞いていた。
「……シン。そろそろ門が閉じます」
気配なく唐突に、静かに響く女の声。その声を聞きシンはクロエから体を離す。クロエは何か言おうとして口を開くが言葉は声にならなかった。
「会えてよかった。……さよなら。クロエ」
ばさりと漆黒の翼を広げたシンは少しだけ名残惜しそうに微笑んで、闇に溶け込むように消えていき、残されたクロエは、森に飲み込まれようとしている月を見上げてまた一筋涙を零した。





「あなたは残酷な人ですね」
森で聞こえた声の主であるルナリアが呟き、シンは何の事だかわからないと言うように苦笑を返す。
「ああ言えばあの人があなたを忘れることなどできないと、わかった上で言ったんでしょう?」
シンは何も言わず、黒く光る魔法陣の上に歩を進める。ルナリアの管理する魔界への最後の出入口。
「……この門も、もう限界みたいだね」
「ええ。これ以上負荷に耐えられないでしょう。あなたがあちらへ帰った後に崩壊すると思います」
シンは月を見上げ、森に一人残した友人のことを思う。
「あいつが天界に帰るのを見届けてもらってもいいかな」
ルナリアが頷き、ありがとうとシンは微笑う。魔法陣の光が強くなりシンの体を包み込む。

私は私の方法で、お前の生きるこの世界を、お前を、守るよ。

暗い青の瞳の青年は世界に溶け込むように消え、最後の役目を終えた魔法陣は音を立てて崩れ去った。
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